王立オーティン大学食堂カフェテラス。そこには生粋の王都民しか知らない「伝説」が有った。
「カフェテラスで告白し、それを受けて貰えたならば、二人は結婚し、幸せな余生を過ごすことができる」
一体、誰が言い出したことか。残念ながら、その曰くを知る者はいない。説明できない以上、信ぴょう性は皆無。その伝説を他の領土(或いは都市)から来た者に話すと、首を傾げられたり、眉に唾を付けられたりした。
しかし、生粋の王都民にはメジャーな伝説だった。それを信じ、肖ろうとする者は存外に多い。 ティン王国第一王子デッカ・ティンも、その内の一人だった。麗らかな春の日差しに照らされた野外昼食場(カフェテラス)のど真ん中でデッカは「愛の言葉」を告げた。
「俺のティンを握ってくれ」
爽やかにして優しげな美声だった。それが届いた者の耳に、真綿が水を吸い込むようにスルリと染み込んだ。
史上最大のティンを持つ男の愛の言葉。例え対象が自分でなくとも、それを聞いた全ての者の心臓が「トゥンク」と音を立てて跳ねた。 その中で、一際デカい弾音――いや、火山の噴火を彷彿とするほどの「爆音」が、デッカの至近から響き渡った。 その直後、爆音の発信源から、より以上にデカい叫び声が上がった。「ななななな――何を、何お仰っておられるのですかっ!?」
デカい声だった。それを聞いた者に伝説の魔獣「ドラゴン」を想像させた。
しかし、爆音の発信源は、子どもと錯覚するほど小さな少女だった。 その少女、リザベル・ティムルは、咆哮を上げながら立ち上がった。その様子は、カフェテラスにいた全ての者に視界に映っていた。「リザベル様が立った、お立ちになられたっ!!」
「これから何が始まるの?」 「戦争――いや、この国の滅亡かっ!?」カフェテラスにいる者の中で、正確に状況を把握している者は、当事者達を含めて一人もいなかった。
それでも、「絶望的な窮地に立っている」という最悪な現実だけは、全ての者、その本能が理解していた。リザベルの反応次第で、全員の命が消えて無くなる。
学生達は死の恐怖に怯えながら「リザベル」という名の破壊神を見詰めていた。彼らの視線には、「助けて」と悲痛な想いが籠っていた。それを浴びたリザベルは、頭部に生えた「女性の腕ほどもあるティンティン」を振り上げて――
「ごほん」
咳払いをした。その後、落ち着き払って優雅に着席した。その行為は、誰も予想できなかった。しかし、安心もできなかった。
このとき、リザベルの中には未だ人の心、「辺境伯令嬢としての誇り」が残っていた。だからこそ、必死に平静を装った。
しかし、全然、全く、皆目、駄目だった。リザベルが腰を下ろした途端、彼女の尻に敷かれた椅子が「ガガガガッ」と耳をつんざく打音を響かせながら、超速で震え出した。その音の発信源を見ると、椅子の脚が石畳の地面を掘削していた。それと同時に、リザベルの頭頂部からモウモウと「湯気」が立ち上り出した。
今のリザベルは、誰が見ても尋常な状態ではなかった。それでも、リザベル本人は平静なつもりだった。平静であろうとした。「私(わたくし)は冷静ですわ」と自分に言い聞かせながら、段通りに声を上げた――つもりだった。ところが、
「ででででデッカ様っ」
滅茶苦茶声が震えていた。その事実はリザベル本人も直感していた。しかし、止められなかった。抑えられなかった。
「ごごごご自分が、なななな何を仰っているのか、おおおおお分かりでしょうか?」
リザベルの声は震えっ放しだった。裏返ってもいた。思い切りどもってしまった。普段の彼女からは想像できないほど酷い有り様だった。滑稽だった。その事実は誰の目にも明らかだった。しかし、だが、しかし、
「「「「「…………」」」」」
誰もリザベルを笑わなかった。笑えなかった。殆どの者が恐怖で固まっていた。固まったまま、事の成り行きを見詰めていた。
学生達の視線の先で、破壊神リザベルに挑む救世主(そもそもの元凶)デッカが動いた。「リザ」
デッカはリザベルを愛称で呼んだ。すると、リザベルは「ははははいっ」とどもりながら返事をして、背筋を伸ばし、直立不動の姿勢を取った。
直立する辺境伯令嬢は、「背中に定規でも入っている」と錯覚するほど真っ直ぐで、見惚れるほど良い姿勢だった。
しかし、直立不動は戦闘、特に防御には不向き。例え無意識であろうとも、その失策を許すほど、デッカは甘くは無かった。
デッカはリザベルに向かって、全身全霊を込めた渾身の「愛の一撃」を放った。「君に、俺の全てを捧げる」
「!!!」デッカの一撃が、リザベルの全身、全霊、彼女を彼女たらしめている「全て」を打ちのめした。
その瞬間、リザベルの体毛が真っ直ぐ伸びた。その様子は、雲丹か、毬栗か、はたまた防御体制を取ったハリネズミだった。 その特異な形態を目の当たりにして、居合わせた者達は全員思い切り息を飲んでいた。あれは本当に人間か? 俺達は何を見ているのだ?
誰もが「化け物を見ている」と錯覚しながら、リザベルの姿を凝視していた。そこに、「王国随一のリザベルスレイヤー」が、トドメの一撃を放った。
「リザ、俺のティンを握ってくれ」
デッカは、己が額に生えたデカいティンを突き出した。すると、リザベルは――
「!!!」
目を一杯に開いて、思い切り息を飲んだ。
リザベルの視界一杯に、黒光りするティンの先端部が映っていた。これを握れば、デッカ様は私のものになる。だけど、本当に宜しいの?
リザベルは咄嗟に自分の両手を見た。それは全くの剥き出しだった。「素手」だった。
私の「手袋」はどこにっ!?
手袋。リザベルは出掛ける際に嵌めていた。しかし、食事の際に外してしまった。
このとき、リザベルは動揺していた。制服の上着のポケットに手袋が吐いている事実に気付いていなかった。彼女が冷静だったなら気付けたかもしれない。或いは、少し時間を置けば気付けたかもしれない。 しかし、それを許すほどデッカは甘くは無かった。「『素手』で、頼む」
「!!!!!」リザベルの退路、逃げ道は完全に断たれた。デッカが全力で断った。リザベルに残された選択肢は是か非の二択。
握るか? 握らないか?どうしましょう? どうしたら宜しいのですの?
リザベルは自分の両手を見た。続け様にデッカのティンを見た。それはとても逞しく、雄々しかった。
しかし、それ以上に恐怖を覚えて止まなかった。宜しいの? 本当にお握りしても宜しいの? 私に「その資格」が有るのでしょうか?
デッカはティン王国の第一王子。近い将来、国王としてティン王国民の頂点に立つ存在なのだ。その頂点を、臣下であるリザベルが自分の従僕とする。その大罪に、彼女の心は耐えられなかった。
ああ、逆であったなら。デッカ様が「リザのティンティンを握りたい」と仰ったのなら、喜んで幾らでもお握りさせましょう。それなのに、それなのに――
リザベルは動かなかった。いや、「動けなかった」というべきか。誰が何をしたところで、微動だにしない。そう思わせる雰囲気が、彼女の全身から滲み出ていた。
このとき、リザベルは無意識の内に第三の選択肢「保留」を発動していた。
史上最大のティンティンを持つ女傑が「不動」の姿勢を取っている。それを揺るがせる者など、このマサクーンには誰もいない。唯一人を除いて。
「リザ」
デッカはリザベルに声を掛けた。しかし、
「…………」
反応は無かった。それでも、
「聞いて欲しい」
デッカは話し掛け続けた。その際、デッカの声音は「蜂蜜に砂糖を塗して煮詰めた」と錯覚するほど甘かった。
しかし、デッカが告げた言葉は、甘みが吹き飛ぶほど刺激的、いや、衝撃的だった。「君が好きだ」
「!」デッカの言葉はリザベルの胸、心臓のど真ん中を貫いた。
「何よりも、この国の全てより、君が好きだ」
「!!!」デッカが何か言う度、リザベルの体が大きく跳ね飛んだ。
豪快な跳ねっ振りだった。傍から見れば「体に爆弾でも仕込んでいるのか」と錯覚するほどの勢いが有った。 その奇天烈な行為を、リザベルは十回ほど繰り返した。それが収まったところで、「あ……あ……あ……」
リザベルの口から声が漏れた。しかし、その体は真っ白に燃え尽きていた。その様子を見た全ての者(デッカ以外)が、彼女の「死」を直感した。
しかし、この国には伍子胥(『死者に鞭打つ』という故事を作った古代中国の武人)並みの意地悪な王子様がいた。「リザ」
「…………」 「大好きだ」 「!!!!!」デッカの言葉でリザベルは蘇生した。その事実を目の当たりにして、誰もが安堵した。
しかし、デッカは全く攻撃の手を緩めなかった。「愛している。俺の想いが本当であることを、証明させてくれ」
デッカは更に前に出た。
リザベルの視界は「デッカの巨大なティン」で埋め尽くされていた。デッカのティン先は、既にリザベルの眉間に触れていた。その事実を直感するや否や、リザベルの体がビクンと跳ねた。その直後、再び「石化」した。
しかし、二度目の「保留」を許すほど、デッカは甘くはなかった。そもそも、「デッカ・ティン」という男は、自分の都合で甘かったり、甘くなかったりする奴なのだ。
デッカはリザベルの耳に口を寄せた。その上で、蜂蜜を煮詰めた甘い声で囁いた。
「握ってくれ」
この瞬間、デッカは自分の声に「ティン力」を込めていた。
ティン力入りの声。その効果は、それを聞いた者は元より、オーティン大学構内にいた全員に及んでいた。
誰も彼もが、訳も分からず両手を握り締めていた。デッカが使った超能力(或いは魔法)は「精神操作」という。
声にティン力を込めることで、それを聞いた者の精神に干渉する。上級貴族並みのティンを持つ者であれば、その殆どが使用できる魔法だ。その威力は、例によってティンの大きさに比例した。 デッカの精神操作は、ティン族随一。しかしながら、「必ず掛かる」という訳ではなかった。精神操作を含めて、ティンを介した魔法は「相手のティン力と精神力の合力によって抵抗されてしまう可能性」が有った。
平時のリザベルであったならば、デッカの精神操作に抵抗できただろう。しかし、今の彼女は燃え尽きていた。ティン力は兎も角、精神力が「空」だった。再びリザベルが意識を取り戻したとき、彼女の両手の中には「黒光りする腕」が有った。
「!!!」
リザベルは目を一杯に開いた。その大きな視界には、「黒光りする腕」――ではなく、「デッカのデカいティン」が映っていた。
リザベルは「素手」で、デッカのティンを思い切り――「握り締めて」いた。「あ、あ、あ」
リザベルの口から声が漏れた。それと同時に、彼女の体が震え出した。その全身を波打たたせている振動は、収まるどころか一層激しさを増していった。それに伴って、彼女の「刃物のように鋭利な瞳」がグズグズに崩れ出した。
「あ、あ、あ、あ、あ」
リザベルの口からは「あ」という言葉が一つ漏れる度、彼女の瞳から大粒の涙が溢れた。
握ってしまいました。私は、デッカ様のティンを、素手で握ってしまいましたっ!!!
リザベルは声を上げずに泣いていた。その様子は、彼女を見詰めていた全ての者の視界に映っていた。
えらいことになった。
ティン族ならば「ティンを握ることの意味」を熟知している。リザベルを含めて、誰も彼もが「許されざる大罪」を直感していた。
しかし、この場に唯一人、リザベルの罪を許す者がいた。「泣かないで」
「…………」 「これは、俺が望んだことだから」 「!」デッカはリザベルを許し、慰めた。
このとき、リザベルの瞳は「寒天状」にまで崩れていた。その瞳の中に、優しげに微笑む貴公子の美貌が映っていた。その端正な口許が僅かに開いて、そこからリザベルが「この世で一番叶えたかった夢」が飛び出した。
「これで、俺は君のものだ」
「!」 「君だけのものだよ」 「――――っ!!!」リザベルの願いは叶った。その事実を、彼女は全身全霊で理解した。
リザベルにとって、その事実はとても、とても、とても嬉しかった。 だから、また、泣いた。 しかし、嬉しいだけではなかった。リザベルの心中には未だ罪悪感がテンコ盛りで募っていた。その想いが溢れて、彼女の口を衝いて出た。「デッカ様、ああ、デッカ様、わ、わたくしは、私は何をしたら、どうすれば――」
リザベルはデッカに赦しを請うた。彼女としては罰を与えて欲しかった。
しかし、リザベルの王子様は、彼女の想像を超えるスーパーダーリンだった。「何も」
「!?」 「そのまま俺のティンを握っていれば良いよ」デッカは赦した。それどころか、より一層罪を重ねることを許した。
デッカの寛大さは、リザベルにとっては「神様」と言いたくなるほど大きなものだった。 しかし、実はこの王子様、性根に悪魔を飼っていた。「俺のティン」
「!」 「握り具合はどうかな?」デッカは、罪悪感で咽び泣くリザベルに向かって感想を尋ねた。
デッカの意地悪な質問。その言葉は、周囲の者に様々な思いを抱かせた。「何とお優しい」と感心した者もいれば、「そんなこと、言わせて良いのか」と、より一層罪悪感を覚えた者もいた。リザベルはというと、「あああ、おデカいです。とっても、おデカいです」
デッカの要求に、素直に応えていた。
しかし、思考回路が短絡しているのか、幼児のよう拙い感想だった。これを聞いて、デッカは苦笑した。まあ、これ以上の「真面な言葉」は出そうにないか。
デッカは右手を伸ばして、それをリザベルの頭に置いた。そのまま幼児をあやすように優しく撫でた。暫くその行為を続けていると、
「でっがざま」
「ん?」リザベルが涙声でデッカを呼んだ。デッカがそれに反応すると、
「お願いが、お願いがございます」
「!」リザベルの口から真面な言葉が飛び出した。それを聞いて、デッカは思わず息を飲んだ。しかし、直ぐ様笑みを浮かべて、
「何かな?」
優しく問い掛けた。
すると、リザベルの口から「予想外の反撃」、或いは「意趣返し」というべき言葉が飛び出した。「どうか、私のティンティンをお握り下さいませっ」
「!!!」まさか、リザベルまでもが「自身の所有権」を差し出すとは。
リザベルの要求は、デッカにとっては予想外のことではあった。その為、驚いて息を飲んだ。 しかし、デッカの心底に潜む欲望、生物としての本能、素直な気持ちは、どれも同じ言葉を叫んでいた。握りたい。
デッカが躊躇う理由は、どこにも無かった。
「分かった」
デッカは即答した。すると、リザベルは涙で崩れた両眼を閉じた。
「よろじぐ、うぉねがいいだじまず」
リザベルは、デッカに向かってティンティンを突き出した。デッカは、リザベルに向かって両手を突き出した。
デッカの両掌の直下にリザベルのティンティンが有った。デッカの手を阻む障害は何も無かった。そのはずだった。
ところが、デッカの手は途中で止まっていた。これ、「確認」した方が良いよな?
デッカにしても、実は「素手で女性のティンティン」を握ることは初体験だった。その不安な想いが口を衝いて出た。
「『素手』で――良いのかな?」
デッカの声は緊張で硬くなっていた。「断られたらどうしよう」という不安な想いも有った。
しかし、そんなものは全くの杞憂だった。「素手で、お願いじまず。素手じゃなきゃ嫌でず」
据え膳食わぬは男の恥。意中に人から「お願いします」と言われて、それを無碍にしたり、無視したりすることなど、デッカにはできなかった。
「分かった」
デッカはリザベルのティンティンを握った。その瞬間、
「んっ」
リザベルの口から声が漏れた。その反応は、デッカを少し不安にした。しかし、それもまた杞憂だった。
「う、れ、じい、うれじいです、とても、とても、とても――」
リザベルは歓喜の声を上げた。
リザベルの閉じられた両瞼から、より一層大量の涙が溢れ出した。その勢いは凄まじく、彼女の瞳だけでなく、相貌全体を寒天状にまでふやけさせていた。 リザベルの顔は、人間のそれとは思えないほど崩れた。それこそ、「百年の恋も覚めるわ」と呆れるほど酷かった。 しかし、デッカの恋は覚めなかった。それどころか一層昂っていた。「これで、君は俺のものだ」
「あい(はい)、ぞう、でず」 「俺も、君のものだ」 「あい、あい、あい」 「リザ、君を一番愛している。この国よりも、この世界よりも」 「わ、わらくひも、でっがざま、あいじでます、あいじで、あいじでまずぅ」愛の言葉の応酬。それは、二人にとっては嘘偽りない、素直な想いだった。
しかし、二人が冷静であったならば、自分達の言葉が「他聞を憚る恥ずかしい内容」と気付いただろう。 実際、正気に戻った二人は、それぞれ自室のベッドや床で転げ回る羽目になった。しかし、二人に後悔は無かった。
この場に居合わせた者達も、誰も二人を笑わなかった。カフェテラスにいた学生、従業員、全員が、示し合わせたように一斉に立ち上がった。誰からともなく両手を掲げて、それを――叩いた。
万雷の拍手が学食全域に轟いた。
後に、この一件が切っ掛けとなって、恋人、或いは夫婦間で「互いのティンを握り合う」という奇習、通称「握り愛」が流行した。
しかし、この奇習は諸刃の刃。別れの際は揉めに揉める羽目になるのだった。 目出度くも有り、目出度くも無し。デッカの覚悟が奇跡を起こした。二人の愛は更に深まった。
一体、二人はどこまで突っ走るのか? ゴールはどこなのか? そんなもの有るのか? 果ては未だ見えない。 しかし、スタートだけはハッキリ分かる。 二人の成り染めとはどんなものだったのか? 二人の過去、その出会いまでの経緯をトレースする。次回、「第六話 どちらのティンの方がデカいのか?」
ティン族の誇り、親の子煩悩。大人達の業欲が、幼い二人の運命を弄ぶ。
※拙作をお読み下さり感謝いたします。
宜しければ評価、感想などを頂けますと、涙が出るほど嬉しいです。 今後とも宜しくお願い致します。アゲパン大陸東端に位置する島国は、他国から「ジポング」と呼ばれている。 しかしながら、それは飽くまで他称。ジポング国民は、自国を「帆本」と呼称している。 何か、こう、火山噴火と同時に「ひょっこり」しそうな名前である。これもまた、島国故の感性か。 そもそも、ジポング――帆本は島国故、他国からの影響が少ない。帆本内では「帆風」という独自の文化が発展している。 王都「江都」の構造も、その内の一つ。 江都を上から見ると、川と見紛う大きな堀が「右巻きの渦状」になっている。江都城の城下町は、その間に挟まるように展開していた。 渦の中心に将軍の居城「江都城」。その御膝下に「武家街」。更に外側を「町人街」――と、いう順番だ。江都城には、真っ直ぐ辿り着けない構造となっている。 一応、城下町にはメインストリートが有る。しかし、それらは途中で建物、壁、なんやかんやの障害物にバッサリ遮られている。支道も袋小路ばかり。初見で江都城まで辿り着くことは難しいだろう。それ以前に、迷子になること間違いなし。 そんな「迷宮」のような場所で「祭」が開催されている。それも、全宇宙に名を轟かせている奇祭、「褌祭」だ。 褌祭を見学しようと、外宇宙から異星人までもがやって来るとか来ないとか。 まあ、仮に「やってきた」としても、現地民は無視する。発祥の地である地球の人々であろうとも、江都の都民達であろうとも、全力で無視する。 何しろ、褌祭の開催期間中は何かと忙しいのだ。それこそ人の心を亡くすほど。「今、正に開催中」となれば尚更だ。 些事に構っていられるほど、皆は暇ではない。例え異星人を見付けたとしても、「祭」以外に興味関心を覚えられる状態ではなかった。 今、江都城下町人街のメインストリートには、江都中の都民達が大勢詰め掛けている。それなりの広さが有る大道が、黒山の人だかりで埋め尽くされている。宛ら「満員電車の鮨詰め状態」と言ったところ。蟻の這い出る隙間もない。そのはずだった。 ところが、蟻より遥かに大きな物体が「ぬっ」と湧いて出た。 人海のど真ん中に、「屋根付きの箱」が覗いている。それを押し上げているものは、「半裸の男達」だった。 男達が担いでいる箱は、ジポングの「神輿」という。 男達の格好
武士の国ジポングの首都(王都)を「江都」という。他国の王都同様、王(ジポングで言うところの『将軍』)の居城を中心に、城下町が広がっている。 王城――江都城の周りには堀が有ったり、城壁が有ったりする。しかし、城下町には何の防衛機構も無い。「平和だね?」と、いう訳ではない。 実は、城下町自体が江都城の防衛機構なのだ。城下に暮らす領民は、ちょっとだけ涙目になっても良い。 尤も、そこは武士の、武士に因る、武士なりの考え。元より籠城戦となれば、領民を城に押し込めるつもりなのだ。城内には領民を匿う設備や、備蓄がタンマリ有った。まあ、それはそれとして。 現在、江都城内、他国でいうところの「謁見の魔」に、奇妙な「男女」の姿が有った。 歳の頃五十代――もしかしたら四十代後半と思しき男性と、十代前半――もしかしたら十歳未満と思しき女性。 二人は一見、親子。しかして、その実態は夫婦。しかし、只の夫婦ではない。二人の額から「大人の手」と形容できるほど大きな「角」が生えていた。 明らかにティン族。それも、王侯貴族級にデカい。さもありなん、宜なるかな。二人は王族だった。 ティン王国国王ムケイ・ティンと、その妻、王妃マルコ・ティン。 そんなやんごとない身分の二人が今、畳敷きの広間のど真ん中で、武士達に囲まれながら平伏していた。 何してんねん? 居合わせた武士、ジポングの為政者(将軍の近習)達は、二人の正体を知らない。それでも、「絶対に只者ではない」と直感して、二人をジト目で見詰めていた。彼らの主である将軍、徳下良月も「何かトンデモナイのが来ちゃってるぞ」と思いながら、引きつった笑みを浮かべていた。 そんな異様な雰囲気の中、平伏していた男女の内、男性の方が声を上げた。「余――いや、我が王ムケイ陛下から、将軍様宛の『親書』を預かっております」 親書。そこには現況の理由や意味が書いてある――かもしれない。居合わせたジポングの為政者達は、親書の内容に期待した。それを確かめたい気持ちも沸いた。 しかし、その前に「ちょっと気になること」が有った。 今、「余」って言ったよな? 余。とても偉い人が使う一人称である。それを許されている存在は、惑星マサクーンに於いては「王」、ジポングに於いては「将軍」唯一人。その事実は、将軍良月を含め、
奇妙な広間だった。藁を編んだ「畳」という床の上に、髪を結った複数名の中高年男性が座っている。その男達は、それぞれ「裃《かみしも》」と呼ばれる東方の民族衣装をまとっていた。 ここは異国。アゲパン大陸の東端に在る島国。その名も「ジポング」という。 現況は「ジポングの支配者」の居城だ。その中に有る大広間、他国で言うところの「謁見の間」であった。 一見、「変わった謁見の間」である。しかしながら、構造や機能は他国のそれと同じだ。 広間の最奥は「厚畳」と呼ばれる一段高い場所になっている。そのど真ん中に、歳の頃四十後半、或いは五十か? よほど苦労しているのか、年齢を特定し難い老け方をした男性が胡坐を掻いて座っていた。 その男――よく見ると、ちょっとイケメン。「若い頃はさぞやオモテになられた」とは、想像に易い。 しかし、実は一途な愛妻家。奥さん以外の女性に指一本触れていない。 その「貞操観念の権化」というべき男の名は「徳下良月《トクシタ・ラツキ》」という。 良月はジポングの武士を束ねる総大将であり、それ故にジポングを支配する「王」だ。ジポングでは、王のことを「将軍」という。良月は二十二代目の将軍だ。 その良月の前に、奇妙な二人組が平伏していた。 良月と同年代の男性と、十代前半と思しき少女。 それぞれ、ジポング的に「異国の衣装」をまとっている。しかし、奇妙なのは意匠だけではなかった。 男女の頭には「角」が生えていた。それも、「大人の手」と形容するほどデカいやつが。そのデカさは――そう、「王侯貴族級」なのだ。一目瞭然なのだ。 ところが、当人達は全力で身分を偽っていた。「我々は、ティン国王ムケイ陛下から遣わされた使者に御座います」 五十代男性が自己紹介した際、良月を含めた武士達が一斉に首を傾げた。 それ、絶対嘘だよね? 皆、男女の頭に生えた角――「ティン(或いはティンティン)を見ていた。実際、「それ」が一番分かり易い。しかし、例えティンが無かったとしても「普通の使者」とは思わなかっただろう。 ティン族の使者(自称)達の体から、抑えきれないほどの威厳が漂っている。それも、自分達の王(将軍)をも凌ぐほど。 このような偉人が、只の使者のはずが無い。 誰もが「これ、ほんとマジヤバいやつ」と直感していた。そして、「それ」は正鵠ど真ん中を深
アゲパン大陸北方、天壁ピタラ山脈の麓に在る白い城塞都市「王都オーティン」。 ティン王国最古の都市であるが故、オーティンには様々な名所旧跡が存在している。 その内の一つ、都市の中心(王城)から、ちょっと南寄りに「中央広場」と呼ばれる開けた場所が有った。 ピタラ石を敷き詰めた、直径三百メートルの大真円。そこは今、額に角を生やした人間(ティン族)」で溢れ返っていた。それこそ「王都中のティン族が集まっているのでは」と錯覚するほど。 何故なのか? その謎を解く鍵は、人海の中心に設けられた「木(ゲッパク)製の建造物」に有った。 それは、急造した「野外舞台」であった。 舞台の上で、人間(真人間族)が大声を張り上げながら動き回っている。 人間達は皆、「羽織袴」という異国の衣装をまとっていた。頭に髷を結って、腰に打刀を差している。 その格好は、東方の島国「ジポング」に住む「お武家様」のものだ。 お武家様が、鬼(ティン族)の集団に囲まれている。その様子を地球人が見たならば、「お労しや」と手を合わせてしまうだろう。 実際、お武家様方も生きた心地がしていなかった。しかし、彼らは逃げなかった。舞台の上から降りなかった。 そもそも、お武家様達には「鬼(ティン族)を楽しませる」という使命を持っていた。それを果たす為、この国(ティン王国)にやってきたのだ。 お武家様達は、全員「役者」だった。それも、ジポングで最も有名な演劇集団、その名も「ジポング歌劇団」の団員だ。 今日の演目は「甘えん坊将軍」という痛快娯楽現代劇。 物語の内容を簡潔に表現すると、「ジポングの最頂点に君臨する将軍が、あの手この手で色んな人に甘えまくる」といったところ。人気シリーズであるが故に、和数も多く、お約束の展開も多々有った。 しかしながら、今日の話は少々「特殊」な内容になっていた。 舞台の上では、複数のお武家様達が円を描くように並んでいた。彼らは全員内側を向いていた。その円心には一人のお武家様(壮年)の姿が有った。 そのお武家様こそ、物語の主人公「徳俵新之助《トクダワラ・シンノスケ》」。その正体は当代将軍「徳下値吉好《トクシタネ・ヨシヨシ》」である。 当然ながら架空の人物である。 今、新之助(吉好)は単身で敵地(悪代官宅)に乗り込んでいた。そこには悪代官と、その手
惑星マサクーン最大の陸地、アゲパン大陸。その「臍」というべき中央部に在る国、オニクランド共和国。その領土の中心に聳える山脈、オツパイン樅帯。その頂上部に群生するオツパイン樅の木の下で、白い革コートを羽織った貴公子と淑女の姿が有った。 貴公子の名はデッカ・ティン。淑女の名はリザベル・ティムル。 リザベルは、大きな樅木に背中を預けるように立っている。デッカは、リザベルの真正面に立っている。 うら若い男女が大きな樅木の下で向かい合っている。その現場に出くわしたなら、脳内に「仲良く遊びましょ」と、楽しげな幻聴が響き渡ったとしても致し方無し、宜なるかな。 しかし、その幻聴は一瞬で雲散霧消する。現況が醸し出す空気は「ラブラブ」ではなく、どちらかといえば「修羅場」に近い。 二人の間に剣呑な緊張感が漂っていた。しかしながら、それを醸し出しているのはリザベルだけ。デッカの方はと言うと、「訳が分からない」と言わんばかりの困惑顔で首を傾げている。 デッカの視線の先には、彼の右手が有った。それは、リザベルの左手に握られていた。その行為に関しては、デッカ側には何の疑念も無かった。問題は、「その奥に控えた物体」に有った。 二人の手は「リザベルの胸」の辺りに掲げられていた。その行為は、リザベルの方から仕掛けたものだった。デッカには意味が分からなかった。 デッカの頭上に「?」が浮かんだ。そのタイミングで、リザベルが謎の呪文を唱えた。「どうぞ、『お揉み』下さいませ」 「え?」 デッカの首が一層傾いだ。頭上の「?」の数も増えた。しかし、混乱しているのは彼だけではなかった。 この場には、デッカ達の他に、樅の影から二人を見守る護衛者、護衛隊、オニクランド共和国大統領夫婦がいた。彼らの首も一斉に傾いでいた。その困惑の空気は「元凶」にも届いていた。「あ、私としたことが」 マスクに隠れたリザベルの目に、正気の色が戻った。彼女は冷静になった。その上で、現況に対する「彼女なりの最適解」を告げた。「繋いでいては、お揉みできませんわ」 リザベルは、直ぐ様デッカと繋いでいた手を解いた。その行為によって、デッカの右手は解放された。その事実を直感した瞬間、リザベルは頬赤らめながら胸部を突き出した。「どうぞ」 「えっと?」 一体、何が「どう
デッカとリザベルは、現在「国賓」として、オニクランド共和国の特産品「オツパイン」の群生地を視察していた。 二人にとっては異国の地。二人の身を守る手段は、ティン王国内とは比較にならないほど少ない。 だからこそ、「護衛役」は頑張らなければならなかった。 デッカ専属護衛役、ブラリオ・ツィンコは、その全身に緊張感御漲らせながら、デッカの一挙手一投足に意識を集中していた。その視界には、デッカの隣にいる「イケメン豚面大男」の姿も入っていた。 イケメン豚面大男、オニクランド共和国大統領サイゼル・ポーク。 サイゼルは「デッカ達の案内役」として、オニクランドに付いて、あれやこれやと説明している。 今も、デッカの求めに応じるまま、オニクランドの独産品「オツパイン」に関する情報を提供し続けていた。その会話の内容は、ブラリオの聴覚にシッカリ捉えられている。「オツパインは、私も大好物でして。冬の間は食後のデザートの定番にしているのです」 「そんなに美味しいのですか?」 「はい。それだけでなく、見た目も素晴らしいのです」 「見た目――ですか?」 ブラリオの視界の中で、白い防寒服の貴公子(デッカ)がオツパイン樅を見上げた。その様子は、デッカの隣にいるサイゼルの視界にも映っていた。「樅木の下からでは分かり難いでしょう。宜しければ――」 サイゼルは、牙が突き出た口に微笑みを浮かべた。その僅かに吊り上がった口の端から、表情に見合った優しげな声が漏れ出た。「オツパインもご覧になりますか?」 「はい。オツパインも見たいです」 サイゼルの提案に、デッカは即応で食い付いた。 ここまでの会話に対して、ブラリオは全く違和感を覚えなかった。 ところが、デッカが「オツパインも見たいです」といった直後、異変が起こった。その様子は、リザベル専属護衛役、シア・ナイスの視界にも映っていた。 シア・ナイスは、極度の緊張状態にあった。心の中では戦闘態勢に入っていた。 そもそも、辺境伯量の騎士(騎士団副団長)である彼女にとって、外国とは即ち「敵国」なのだ。脳内で「相手は同盟国」と分かっていても、心は容易に受け入れ難い。 いっそ、斬り捨ててしまおうかしら? シアの心中では、戦闘狂の悪魔が「斬っちゃえ。斬っちゃえば楽になれるよ」と、散々シアをけしかけていた。 そんな折、シア